基本的に、親知らずの抜歯は「局所麻酔」でおこないます。しかし、状況によっては「全身麻酔」を用いて抜歯することがあるのをご存じでしょうか?歯医者さんによっては全身麻酔の設備がないところがほとんどなため、全身麻酔下の抜歯をする場合、総合病院・大学病院の歯科口腔外科になります。
こちらの記事では、「全身麻酔下の親知らず抜歯」について解説しています。また、全身麻酔に準じる手法として注目されている「静脈内鎮静法」にも触れていますので、ぜひ、参考にしてください。
この記事の目次
1.何のために、全身麻酔下の親知らず抜歯が選択されるのか?
なぜ、全身麻酔での抜歯がおこなわれるのでしょうか? 全身麻酔が選択される理由には複数のバリエーションがありますが、基本的には、以下の3つのケースで全身麻酔を使用することが多くなっています。
1-1 難しい埋没智歯を複数抜歯するケース
埋没智歯というのは、「横向きの親知らずが、歯槽骨に埋まったままになっていること」を意味します。埋没智歯を抜歯する場合、歯茎を切開して、歯槽骨を削りながら抜歯することになります。この処置には、かなりの時間と労力が必要です。
横向きの親知らず(水平埋伏智歯)は、普通に引っぱっても抜けません。横向きに生える場合は、基本的に第二大臼歯のほうを向いて生えてきます。歯は生えている方向にしか抜けませんので、横向きの歯を上方向に引き抜くことは不可能です。このままでは第二大臼歯が邪魔になって抜くことができません。
そこで、まずは歯茎を大きく切開して、横向きの歯全体を露出させます。そして、横向きのまま、歯を分割して「歯冠側(歯の上半分)」と「歯根側(歯の下半分)」に切断します。切断した時点で、「歯冠側」は摘出することが可能です。すると、「歯根側」と第二大臼歯の隙間にスペースができます。歯冠がなくなったからです。このスペースを活用して、歯根を第二大臼歯側に抜歯するわけです。
以上の処置を「水平埋伏智歯抜歯術」と呼びます。「深い位置に埋まっている」「歯根が複雑な形状をしている」などの複雑なケースでは、1本抜くだけで1時間以上かかる例もあります。患者さんが自分の意思で口を開けていられるのは1時間が限度と言われています。もし、複数の埋伏智歯を抜歯するなら、全身麻酔を検討することになるでしょう。
1-2 重度の歯科恐怖症が見られるケース
中には「幼少期に痛い思いをした」などの理由により、歯科治療に強い恐怖・不安を抱えている患者さんもいます。これは「歯科恐怖症」「歯科治療恐怖症」などと呼ばれます。重度の歯科恐怖症であれば、歯科治療には相当の困難を伴うでしょう。
たいていは「笑気麻酔(笑気吸入鎮静法)」「静脈内鎮静法」など、「意識をぼんやりさせる鎮静法」で歯科治療を試みますが、恐怖心が強すぎると「鎮静だけでは不十分」というケースもあり得ます。そういった患者さんに対しては、意識を消失させる全身麻酔下での抜歯を検討することになります。
1-3 異常絞扼反射(いじょうこうやくはんしゃ)があるケース
口の中に治療器具を入れるだけで嘔吐反射が起こる患者さんもいます。「普通の人なら何ともない刺激で嘔吐反射が起こること」を指して、異常絞扼反射と呼んでいます。この場合、普通の歯科治療は困難です。
やはり、最初は「笑気麻酔」「静脈内鎮静法」での治療を試みるのが普通です。しかし、嘔吐反射が強すぎると、鎮静だけでは解消しないこともあります。そういったケースでは、やはり全身麻酔下での抜歯を提案されるでしょう。
1-4 一度に親知らず4本をまとめて抜歯するケース
基本は、一度に抜歯する親知らずは2本まで…となっています。右側なら「右の上下」、左なら「左の上下」という具合に、片側の親知らずを2本抜歯するのが普通です。しかし、「仕事が忙しい」「間もなく海外赴任する」などやむを得ない事情がある場合には、まとめて4本すべてを抜歯することがあります。
4本すべてを抜歯するには、それなりに時間がかかります。患者さんが自分の意思で口を開けていられる時間をオーバーする恐れもあるでしょう。そこで、4本まとめて抜歯するときには、全身麻酔下での抜歯を検討することになります。
2.全身麻酔下で親知らずを抜歯する方法とは?
全身麻酔をするからといって、抜歯の術式自体が変わるわけではありません。何ごともない普通抜歯なら「テコの原理で歯を脱臼させる処置」になりますし、歯槽骨に固定された難抜歯なら「骨を削って抜歯」となります。当然、埋伏歯ならば水平埋伏智歯抜歯術をおこないます。
ただ、全身麻酔をする上での管理は患者さんにも一定の負担がかかります。麻酔をする12時間前から絶食、6時間前から水分補給も禁止になります。これは胃の内容物が逆流し、肺に入る「誤嚥」を防ぐためです。また、全身麻酔下では自発呼吸も停止するので、麻酔から覚めたあとも、数時間は酸素マスクをする…など全身管理を要します。原則1泊2日、場合によっては2泊3日の入院が必要です。
自発呼吸が止まるので、気管挿管をおこない、管を通して肺の空気を強制的に換気する「人工呼吸下」に置かれます。そのため、挿管されていた喉に痛みが残ることがあります。時間経過で改善しますが、術後、一定の負担が起こり得ることは念頭に置かなければなりません。
3.全身麻酔より穏やか!静脈内鎮静法とは…?
「複雑な親知らず抜歯」「歯科恐怖症」「異常絞扼反射」「4本同時抜歯」といったケースにおいて、全身麻酔ではなく静脈内鎮静法が選択されることもあります。静脈内鎮静法は鎮静法(セデーション)と呼ばれる手法で、「意識がぼんやりして、鎮静下での記憶がほとんど残らない」という特徴を持っています。
ちなみに、分量が違うだけで、使用する薬剤そのものは、静脈から点滴する「全身麻酔薬・全身麻酔導入薬」です。ただし、「医師からの呼びかけに応答できる程度の意識」「自発呼吸」は保たれるので、全身麻酔よりは穏やかな手法といえます。
術後1時間もすれば意識ははっきりしますが、親知らずを4本とも同時に抜歯した場合などは、食事摂取さえ困難な状態になっていることが予想されます。そのため、1泊2日で入院し、全身管理をおこなう可能性が高いでしょう。
4.まとめ
状況によっては、全身麻酔下で親知らずの抜歯をおこなうことがあります。4本同時抜歯をしたい…などの事情がある場合、総合病院・大学病院の歯科口腔外科に相談してみても良いでしょう。総合病院・大学病院は紹介状のない患者さんに選定療養費を請求することが多いので、ふだん通院している歯医者さんがある場合は、まずそちらに相談し、紹介状を書いてもらうのがおすすめです。
最近では、個人のクリニックなどでも静脈内鎮静法を行っているところもちらほら見受けます。一度ご相談されるのもよいと思います。
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