親知らずは、すっかり「口腔内のトラブルメーカー」として扱われています。実際、斜め・横向きに生えてきた親知らずは早期抜歯を勧められるのが普通です。とはいえ、上向きに真っ直ぐ生えているなら、当然ながら、抜歯の必要はありません。抜歯するべきなのは、「生え方に問題のある親知らず」だけです。
そこで、こちらの記事では、「斜めに生えている」「一部が埋まってる」など、生え方に問題がある親知らずの基礎知識を解説することにしました。基本的な治療法にも言及していますので、ぜひ、参考にしてください。
この記事の目次
1.斜めに生えている親知らず~不完全埋伏智歯
親知らずは、高い確率で斜め向きに生えてきます。多くの場合、傾く方向は「第二大臼歯(親知らずより1つ手前の歯)」です。斜めになっていると、歯の一部が歯茎に埋まっていることもあります。「歯の一部だけが埋まってる…」という場合、不完全埋伏智歯と呼びます。
もちろん、斜めに生えた親知らずのすべてが、不完全埋伏歯とは限りません。ただし、「斜めで全体が歯茎から出ている親知らず」と「斜めの不完全埋伏智歯」は、だいたい同じような口腔トラブルを引き起こします。そのため、この記事では両者を一括で扱うことにしました。それでは、「斜めに生えてきた親知らず」が引き起こす口腔トラブルをまとめることにしましょう。
1-1 第二大臼歯を圧迫し、歯並びが悪化…!
歯が生えるときは、自分が向いているほうに生えてきます。それならば、第二大臼歯の方向に傾いている場合は、第二大臼歯に向かって生えることになります。すると、生えてきた親知らずは、自然と第二大臼歯を圧迫することになるでしょう。
歯は、同じ方向から継続的に押されると移動します。結果、第二大臼歯が手前側に動いてしまうのです。すると、今度は第二大臼歯が第一大臼歯を圧迫して、連鎖的に歯が移動することになります。これが繰り返されるうち、歯列全体が少しずつ動いて、歯並びが悪化するわけです。
1-2 第二大臼歯を巻きこむ形で虫歯になる…!
親知らずが第二大臼歯の方向に傾いていると、親知らずと第二大臼歯の境目に「不自然な隙間」が発生します。第二大臼歯のほうに傾くということは、「歯の上部は接触しているが、根元付近には隙間があること」を意味するからです。
普通の歯ブラシでは、不自然な隙間をうまく磨くことができません。結果、親知らずと第二大臼歯の間に歯垢が溜まり、虫歯になるわけです。親知らずが原因なのに、第二大臼歯まで巻きこまれるわけですから、非常に大きな問題と判断せざるを得ません。
1-3 周辺が不衛生になり、智歯周囲炎を発症…!
歯ブラシは「平面を磨く形状」をしています。隙間が多すぎたり、表面がガタガタだったりすると、全体をきれいに磨くことができません。ですから、親知らずが斜めになっていると、親知らず周辺をきちんと磨くことが困難になるのです。
さて、親知らずの周りだけ、毎回のように磨き残していると、どのような問題が起こるでしょうか? 当然ながら、親知らずの周辺は、常に歯垢(プラーク)が溜まった状態になります。プラークは細菌の塊ですから、長く放置すれば、どんどん増殖していきます。いずれ、増殖した細菌が周辺の歯茎に感染することでしょう。
親知らず周辺の歯茎が感染すると、炎症を起こして、腫れ・痛みを生じます。親知らずの別名を「智歯」と言うことから、この炎症を「智歯周囲炎」と呼んでいます。斜めに生えた親知らずの周辺では、智歯周囲炎が起こりやすいのです。特に、不完全埋伏智歯の場合、歯茎に埋まってる部分がまったくブラッシングできず、智歯周囲炎が頻発する傾向にあります。
智歯周囲炎が悪化した場合、炎症の範囲は「親知らずの周辺」だけでは済まなくなります。口腔底(舌の下にある口の底部分)・喉に水ぶくれができるなど、炎症がどんどん拡大することがあるのです。
さらに炎症が広がれば、発熱などの全身症状が出ることもあります。全身症状が出るほどに悪化した場合、「歯に起因する感染症」と見なして「歯性感染症」と呼びます。歯性感染症にまで発展する場合、たとえば、以下のような顛末をたどる恐れがあります。
顎骨骨膜炎(がっこつこつまくえん)
「顎の骨」が細菌に感染すると「顎骨骨膜炎」を起こします。顎骨骨膜というのは、顎骨の外側にある膜状の組織です。親知らずがある側の顎が腫れあがり、顔の形が左右非対称になることもあります。脈拍に合わせてズキズキと痛む「拍動痛」を示すことが多いです。
ちなみに、下顎の親知らずが智歯周囲炎を起こした場合、顎骨骨膜炎を起こしやすい傾向にあります。
急性化膿性リンパ節炎
細菌が頸部リンパ節(首筋のリンパ)に入りこむと、「急性化膿性リンパ節炎」が起こります。首筋に「しこり」ができて、押すと痛みを感じます。首筋の「しこり」は、「リンパ節が炎症を起こして腫れていること」が原因です。
右の親知らずが炎症を起こしたなら「首の右側」、左が炎症を起こしたなら「首の左側」に腫れが生じます。
蜂窩織炎(ほうかしきえん)
頬粘膜(きょうねんまく)・口腔底など、口腔内のあちこちに「浮腫み(むくみ)」「腫れ」「痛み」が現れた場合、「蜂窩織炎」が疑われます。この段階になると38℃を超える高熱が出て、扁桃腺・リンパの腫れもひどくなります。
蜂窩織炎になると「扁桃腺の腫れが増大し、気道が塞がる」といった症例もあります。蜂窩織炎の段階に至った場合、速やかにに医療機関を受診してください。
2.横向きに埋まってる親知らず~水平埋伏智歯
水平埋伏智歯というのは、「横向きの親知らずが、すべて埋まってる状態」を意味します。歯茎に埋まってるだけでなく、横向きのまま歯槽骨に固定されているのが普通です。全体が埋まっている歯を「完全埋伏歯」と呼びますが、「横向きで埋まってる親知らず」は「水平埋伏智歯」という言い方をします。
実のところ、すべての水平埋伏智歯が口腔トラブルの原因になるとは限りません。歯槽骨の深い位置で埋伏しているなら、放置して良い場合もあります。深いところで全て埋まっているなら、周囲に影響を及ぼさないからです。しかしながら、「浅い位置で埋伏している」「隣接する歯を圧迫している」といったケースでは、対処が必要になります。
2-1 第二大臼歯の歯根吸収を引き起こす…!
横向きの親知らずも、たいていは第二大臼歯のほうを向いています。ですから、第二大臼歯を圧迫しながら生えてくるわけです。しかし、横向きのまま埋まってる…ということは、第二大臼歯の根元を圧迫することを意味します。
さて、歯の根っこを「歯根」と呼びますが、歯根を圧迫することにはどのような問題があるでしょうか? これは、「乳歯が永久歯に生えかわるとき」を思い出すと、すぐに理解できます。基本的に歯は長い歯根によって歯槽骨に固定されています。しかし、グラグラして抜け落ちた乳歯には、ほとんど歯根がありません。理由は「永久歯に押されて、歯根が溶けたから」です。そう、歯根は「圧迫されると、溶けて吸収される性質」があるのです。
以上から、「第二大臼歯の歯根が圧迫されること」は大きな問題です。歯根が吸収されて、歯槽骨への固定が不完全になるからです。もし、どんどん吸収されてしまえば、やがて抜け落ちてしまうかもしれません。歯根吸収は、第二大臼歯の寿命を大きく縮めるリスクファクターとなるのです。
2-2 含歯性嚢胞(がんしせいのうほう)を形成する…!
水平埋伏している親知らずの中には、含歯性嚢胞を形成するものがあります。「顎の骨が隆起している」「顎の骨が薄く感じられ、ペコペコした触り心地になる(羊皮紙様感)」などの自覚症状がある場合、含歯性嚢胞の疑いがあります。
内部に埋まってる歯が上向きなら、「歯茎を切開して、歯を表面に出す術式(開窓術)」で保存できることが多いです。しかし、横向きの親知らずが含歯性嚢胞を形成している場合、歯を保存することはできません。
3.どのように治療する?斜め・横向きの親知らず
口腔トラブルの原因となっている親知らずは、基本的に抜歯の対象です。ただ、症状・状況によって、「抜歯に至るまでの治療法」「抜歯するための手順」が異なってきます。この章では、「個別の症状・状況」に応じた治療法を解説することにしましょう。
3-1 虫歯・第二大臼歯の圧迫を起こしている「不完全埋伏智歯」
不完全埋伏智歯が第二大臼歯を巻きこんでトラブルを起こしている場合、原則として抜歯になります。仮に虫歯を治療したところで、親知らずが斜めに生えている限り、また虫歯になるからです。
斜めの不完全埋伏歯であれば、基本的には普通抜歯で対応可能です。多少、斜めに生えていたとしても、「テコの原理で歯根を脱臼させる」という方法で抜歯可能なら、特に難しくはありません。すんなりと抜歯することができるでしょう。
3-2 智歯周囲炎を起こしている「不完全埋伏智歯」
智歯周囲炎を起こしている場合、すぐに抜歯することはできません。炎症を起こしているときは麻酔が効きにくい上、処置後の痛み・腫れが悪化しやすいからです。もし、抜歯した傷口に炎症が拡大しようものなら、かえって大きな問題を起こすかもしれません。
そこで、まずは炎症を止めることを考えます。鎮痛剤で痛みを抑えながら、抗生物質で細菌性の炎症を鎮静化します。智歯周囲炎の場合、口腔内に棲んでいる複数の細菌に同時感染しているのが普通です。そこで、幅広くさまざまな菌を殺菌できる「セフェム系」「ペニシリン系」の抗生物質を使います。
抗生物質の作用で炎症が鎮まったら、原因となった親知らずを抜歯します。親知らずを抜歯しない限り、また炎症が再発するからです。
3-3 全て埋まってる「水平埋伏智歯」
水平埋伏智歯がトラブルの原因になっている場合、抜歯することで問題を解決すること可能です。ただ、表面に出てきていないので、普通抜歯することはできません。水平埋伏智歯抜歯術という外科手術の適応になります。
歯は「生えている向き」にしか抜歯できません。横向きの親知らずを上方向に抜くことは不可能です。しかし、第二大臼歯のほうを向いている場合、「生えている向き」に抜くことができません。第二大臼歯が行く手をさえぎっており、「歯を引き抜くためのスペース」がないからです。
そこで、「水平埋伏智歯抜歯術」では、次のような手順を踏みます。まずは歯茎を切開して、横向きになった親知らずを目視確認できるようにします。その後、親知らずを2つに割り「歯冠側」と「歯根側」に分けるのです。「歯の上半分」が歯冠側で、「根元を含んだ歯の下半分」が歯根側です。
歯を分割した時点で、歯冠側は摘出可能になります。歯冠を摘出すると、第二大臼歯と「親知らずの歯根側」の間にスペースが生じます。歯冠がなくなったからです。その隙間を利用して歯根を手前に引き抜けば、無事に親知らずを抜歯することができます。
4.斜め・横向きの親知らずを抜歯するときのQ&A!
多くの患者さんにとって、抜歯は大きな出来事です。身体の一部を摘出するわけですから、不安・恐怖を覚えるのは当然だと思います。
きっと、「歯を抜いた後、痛くないか?」「傷跡が修復するのに、どれくらいかかるか?」など、気になるポイントがたくさんあることでしょう。そこで、この章では「親知らずの抜歯に関連したよくあるFAQ」を掲載することにしました。
4-1 親知らずを抜いた後、痛みはどれくらい続く?
抜歯を終えて2~3時間で麻酔が切れますが、当然、この時点で傷口は塞がっていません。しばらくはジンジンとした痛みを感じることが多いです。約2~3日で傷口の表面が塞がってきて、痛みも生じなくなります。また、歯茎切開をおこなわない普通抜歯なら、耐えられないほどの痛みではありません。
逆に、歯茎切開をする難抜歯(歯根の形状が複雑なケースなど)、水平埋伏智歯抜歯術をおこなった場合は、痛みが強くなります。基本的に「抜歯の難しさと痛みは比例する」と考えてください。
4-2 抜歯後の痛みを減らすために気を付けることは?
鎮痛剤は、痛くなってから飲むより、痛くなる前に服用したほうがベターです。痛みを感じはじめると、痛覚が過敏になるからです。そこで、処方された鎮痛剤は、麻酔が切れる前に服用するのがおすすめです。
また、抜歯から1時間くらいで、傷跡には「ゼリー状になった血の塊」が出現します。これは「血餅(けっぺい)」と呼ばれ、「かさぶた」と同じ役割を果たしています。つまり、抜歯窩(ばっしか:歯を抜いた傷口)を保護・修復するものです。
血餅が外れると、「骨までむき出しの穴」になってしまい、激痛を伴います。この状態を「ドライソケット」と呼びます。ドライソケットになると、最大1か月ほど痛みがひかないので、絶対に血餅を外さないようにしましょう。「過度なうがい」「歯ブラシを接触させる」「舌でいじる」などはNGです。
4-3 抜歯後に気を付けるべきポイントは何?
「なるべく痛みを減らす」「ドライソケットのリスクを軽減する」「傷口の細菌感染を予防する」といった観点で考えると、以下の5項目が重要です。
麻酔が切れるまで食事をしない
麻酔が切れる前に食事をすると、「感覚がないので、熱いものを口内にとどめて火傷する」「舌・頬粘膜を噛んでケガをする」などのリスクがあります。
入浴・飲酒・運動を避ける
入浴・飲酒・運動は止血後の再出血をうながし、修復を遅らせます。また、抜歯直後に出血量を増やすような行動をとると、血餅がうまく形成されず、ドライソケットを引き起こす場合もあります。
喫煙をしない
タバコのニコチンには血管を収縮させ、血流を減らす作用があります。抜歯直後に喫煙すると、出血量が減りすぎて、血餅が形成されないことがあるのです。出血量が多すぎても、少なすぎても、ドライソケットを招くことがあります。
処方された抗生剤をきちんと飲みきる
親知らずを抜歯した場合、鎮痛剤のほかに抗生物質が処方されます。これは傷口が細菌感染するのを防ぐための薬です。鎮痛剤は「痛みがなければ飲まない」でも構いませんが、抗生物質は処方された分量を飲みきってください。
止血用のガーゼをきちんと30分噛んでいる
抜歯を終えると、抜歯した部分にガーゼ・脱脂綿をあてられ、「30分くらい噛んでいてください」と言われます。傷口を圧迫することを「圧迫止血」と呼び、有効な止血方法なのです。止血が早いほうが痛みも少なくなりますから、きちんと30分、噛んでいてください。ただし、あまり長く噛んでいると、今度は唾液が溜まりすぎて止血が遅くなります。基本的に30分が目安と考えられています。
4-4 どうしても抜歯が怖い場合、どうすれば良い?
歯科治療に強い恐怖心を覚える「歯科恐怖症」の場合、局所麻酔だけで抜歯するのは困難だと思います。特に「横向きの親知らず」は処置にかかる時間が長く、1時間以上かかることもあります。歯科恐怖症の人が耐えられる時間を大きくオーバーしている…と言わざるを得ません。
しかし、ちゃんと方法はあります。1つは「鎮静(セデーション)」といって、半分眠ったような状態で処置を受ける方法です。まったく意識がなくなるわけではありませんが、頭がぼんやりして恐怖を感じにくくなります。「亜酸化窒素」を吸入して鎮静する「笑気吸入鎮静法」、点滴から静脈麻酔を入れる「静脈内鎮静法」の2種類が知られており、後者のほうが鎮静作用は強いです。
もし、鎮静下でも恐怖心が消えない場合は、全身麻酔下での処置をおこないます。全身管理が必要なので、大学病院・総合病院の歯科口腔外科に相談してください。全身麻酔をおこなう場合には1泊2日、ないし2泊3日の入院が必要になります。
5.まとめ
「斜めの親知らず」「横向きに埋まってる親知らず」は、隣接する歯を巻きこんで、さまざまな問題を引き起こします。親知らずが生えてきたとき、「真っ直ぐに生えてきていない」と気づいたら、早めに歯医者さんを受診するようにしてください。
また、「親知らずの周辺が腫れて、風邪のような症状が出ている…」という場合、智歯周囲炎に起因する歯性感染症かもしれません。悪化すると重症化することもありますから、早めに医療機関にかかりましょう。発熱・倦怠感だけでなく、「喉が痛い」「頭痛がする」といった症状をきたすこともあります。「斜めで一部が埋まっている親知らず」は、特に智歯周囲炎のリスクが高いので注意しましょう。
出身校(最終学歴): 北海道医療大学 歯学部
歯科医暦:24年目
歯科医を目指したきっかけ:父親が歯科医で、背中を見て歯科医になろうと思った。
執筆者:
歯の教科書では、読者の方々のお口・歯に関する“お悩みサポートコラム”を掲載しています。症状や原因、治療内容などに関する医学的コンテンツは、歯科医師ら医療専門家に確認をとっています。