昨今、歯周病と誤嚥性肺炎の関連性などが報告され、お口の健康が全身の健康に影響するということがだんだんと知られるようになってきました。
この記事では、虫歯の多い県はどこか、ストレスと歯周病との関係など、お口と全身の健康にまつわるお話を、東京医科歯科大学 大学院 医歯学総合研究科 健康推進歯学分野 相田潤(あいだ じゅん)教授に詳しくお伺いしました。
この記事の目次
公衆衛生学・疫学とは?
公衆衛生学とは「集団、社会の健康を考える」学問です。臨床は“患者さんの治療”が中心となりますが、社会一般の人々の中には病院に行かない方もいれば、病気になる前の方もたくさんいます。
公衆衛生学では、何らかの病気がある“患者さん”の健康はもちろん、“患者さんになる前の人”を含めた「社会全体の健康」を考え、「病気の予防」や「健康の維持・増進」にかかわることを研究しています。
何らかの病気があるかもしれない方であれば検査を行い、診断することが可能ですが、社会一般の人々の「健康を測る」というのは案外難しいものです。
私の専門である「疫学」というのは、公衆衛生学の中に含まれる分野で「人々の健康状態を見る」というのが仕事の一つです。
わかりやすいところだと、新しい薬と昔の薬とで効き目の差を見る、薬を飲んだ人たちの“状態の違い”を見るというのも疫学の役割です。
虫歯が多いのは◯◯県|虫歯から見る健康格差
その結果わかっているのが、虫歯の罹患(りかん)数に大きな地域差があるということです。東北地方や九州地方は虫歯が多く、関東、関西のあたりの地域は少ないなど、はっきりと地域差があったりします。
地域によって虫歯にかかっている子供の割合に差が起きるのにはさまざまな理由がありますが、とくに大きいのは「社会環境的な原因」です。
このような健康の地域差を「健康格差」と呼んだりしますが、健康格差というのは「知識がある、ない」という単純なことではなく、「知識があってもできるか、できないか」というような「環境的な差」で起きる部分が大きいものです。
例えば、今どき「歯磨きをしないとよくない」とか「甘いものばかり食べていると虫歯になりやすい」ということを、知らない人はほとんどいないでしょう。
そのため、虫歯の多い地域の人は知識がないから、とは考えにくいです。むしろ「知っていても行動しにくい何か」があると考えたほうがよいでしょう。
兄弟姉妹の下の子は、上のお兄ちゃんお姉ちゃんの食習慣にあわせて1歳~2歳頃からお菓子を食べるなど、早いうちから甘いものを口にすることで虫歯になりやすくなると思います。
また子供が多い家庭では、物理的にお父さんお母さんが“仕上げ磨き”をする時間が短くなりがちです。歯医者さんに連れて行くのも、1人を連れて行くのと3人を連れて行くでは労力も違えば、子供がある程度成長して医療費がかかるようになったら1人のときと3人のときとでは費用が3倍違います。
「どういうことが健康によいかは知っていても、子供が1人の場合と多い場合ではどこまで手をかけられるか変わってしまう」というのが「社会的環境の要因」です。
ひとり親家庭の大多数が母子家庭なのですが、一人で働き、一人で子育てをしていると、子供の仕上げ磨きをする時間も減りがちですよね。働いて、保育園に子供を迎えに行ってご飯を作り、その他の家事も行う中で仕上げ磨きするというのを一人で行うのは時間的にも大変なことです。
ひとり親家庭では、一人で子育てをする必要があるがゆえにケアする時間も減ってしまう、そのようなことも要因となって健康の差を作り出しているのでしょう。
「単にお口の健康にかんする知識がない、やる気がないという問題ではなく、同じ知識や同じやる気であっても、状況によってどうしても使える時間や使えるお金が変わってしまうということが大きな問題」ということです。
健康格差を埋めるために行われている事業・サポート
まずわかりやすいサポートが「子供の医療費の助成」です。また、検診のときのフッ化物塗布、つまり虫歯予防のフッ素を塗るという事業を行っている地域もあり、そういった施策も意味があると思います。
検診だけ行い、「虫歯があるから、虫歯になりそうだから歯医者さんに行ってくださいね」という対応だけでは、家庭の環境でその後対応できるかが変わってしまうので、健康格差を埋める影響はあまり期待できません。
検診に来た子供全員にフッ素を使った予防ケアをするということは、どのような家庭の子であっても検診に行けば何かしてもらえるという状況を作るという面で、意味がある取り組みと言えるでしょう。
最近では、学校で「フッ化物洗口」をするということも行われています。
「フッ化物洗口」とは歯磨き粉に含まれるフッ素と同程度か、それよりもだいぶ薄い濃度の液体でうがいをするだけのことですが、それでも大きな虫歯予防の作用があるのが知られています。これを学校で行うことで、「学校に行くだけで虫歯予防」になり、健康格差を埋める役割を果たしています。
東北地方や九州地方は虫歯が多いというお話をしましたが、今学校でのフッ化物洗口を行っている数が多いのが秋田県、佐賀県です。
この二つの県はフッ化物洗口を始める前の3歳(未就学児)の虫歯は47都道府県中でも多いのですが、12歳の虫歯になると、どちらの県も日本平均よりもよくなっています。
個人でできる予防ケア|働き世代はタバコとストレスに注意
口の中の細菌は毎日ケアをしないと取り除くことができません。口の中は濡れていて、歯の表面も複雑な形をしているので、歯ブラシが届かない場所もあります。
「歯ブラシが届いていないところから8割の虫歯はできている」とも言われますので、そういうところは歯間ブラシとかデンタルフロスを使って清掃する、洗口液で毛先が届かないところに行き届くようにするというケアが大事になります。
また、歯周病の場合は、タバコを吸っている方がなりやすかったり、歯周病の治療がうまくいかなかったりといったことがあります。
最近の研究では、受動喫煙でも歯周病になるのではないか、高齢者になったときに歯の数が少ないのではないかとも言われています。それは、新型タバコの場合も同じことが言えます。
歯ブラシやデンタルケアグッズを使った清掃、洗口液による細菌の除去、タバコを控えるということが個人でできる予防ケアを言えるでしょう。
ストレスがあって睡眠時間が短くなってしまうということがあれば、全身の免疫にも影響するというのは論文的にも言われていますし、当然歯茎も免疫がかかわるところなので、影響を受けるでしょう。また知らないうちに強く噛み締めているということもあると思います。
噛み締めは正常な範囲内であれば問題ないのですが、過度に力が入りすぎると、歯に不必要に力がかかることで歯周組織が破壊されてしまって、歯周病になるということはありうるでしょう。
矯正治療では力をかけて歯を引っ張る中で、一部の骨が破壊されて一部では逆に作られてということが起こりますが、それが歯周病の場合はその壊れた部分に細菌が入り込んで歯茎が下がってきて…ということが起こるのです。
いずれにしても、私たちが考えていたよりも、ストレスと歯周病には強い関連性があるということがわかっています。
歯の教科書編集部まとめ
今回は、東京医科歯科大学 相田潤教授に虫歯から見る健康格差について、児童の虫歯を減らすための取り組み、ストレスと歯周病の関連性など、お口と環境や全身の健康にかかわるお話をお伺いしました。
虫歯や歯周病のない口内環境にするために、この記事で紹介したお家でできる予防ケアをお役立てください。
東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 健康推進歯学分野 教授
【略歴】
2007年4月 東北大学大学院歯学研究科 国際歯科保健学分野 助教
2010年4月 University College London Visiting Researcher
2011年11月 東北大学大学院歯学研究科 国際歯科保健学分野 准教授
2012年10月 宮城県 保健福祉部 参与(歯科医療保健政策担当 )(兼務)
2014年10月 東北大学大学院歯学研究科 臨床疫学統計支援室 室長(兼務)
2018年4月 東北メディカル・メガバンク機構 地域医療支援部門 准教授(兼務)
2020年8月 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 健康推進歯学分野 教授
執筆者:
歯の教科書では、読者の方々のお口・歯に関する“お悩みサポートコラム”を掲載しています。症状や原因、治療内容などに関する医学的コンテンツは、歯科医師ら医療専門家に確認をとっています。