「歯の移植」という治療方法を聞いたことはありますか? 親知らずなどの歯を抜歯して、失った歯の変わりに埋め込むという方法です。
では、どのような方がこの治療を受けられるのか、メリット・デメリットはあるのかなど、東京医科歯科大学・丸川恵理子(まるかわえりこ)先生にお話を伺いました。
また、費用や治療期間の目安などについても解説していただきます。
この記事の目次
歯の移植とは!どんな歯を移植するのか?
どのような方が歯の移植を受けるのでしょうか?
歯が抜けてしまった、歯を失った、または生まれつき本数が少ないといった場合に行われる手術となります。
歯が失う原因には、歯周病や虫歯、歯牙破折(はせつ)、外傷、嚢胞(のうほう)、腫瘍などがありますね。
どのような歯が利用されて、歯の移植は行われるのですか?
9割が「親知らず」ですね。ほかには、埋まってしまっている「埋伏歯(まいふくし)」、内側または外側に倒れてしまっている歯、上下の反対側がなくなってしまっている歯など、使われていない歯を利用します。
このように、移植に使われる歯を「ドナー歯」と呼んでいます。
歯の移植を受けることのメリット・デメリット
歯の移植を受けることの、メリットを教えてください。
歯を失ったときの治療法として、入れ歯やブリッジ、インプラントなどがありますよね。
例えば入れ歯ですと、どうしても異物感が出てしまうのですが、歯の移植の場合は自分の歯ですので、異物感がほとんどありません。
また、移植する歯根の周りには、歯根膜という細胞が付いていて、それが骨との間でクッションの役割を果たすんですね。この感覚というのは、インプラントにはない感覚です。
インプラントと歯の移植、両方受けたことのある人からいわせると、「噛んだときの感触が全然ちがう」のだそうです。
ブリッジの場合は両側の健康な歯も最低2本は削らなくてはいけない、歯の力の負担が両側の歯にかかることがデメリットになります。
これらのことから、適用するのであれば、歯の移植というのはあきらかにおすすめできる治療方法です。
歯の移植には、デメリットもあるのでしょうか?
歯を抜いて使用するので、歯は死んでしまいます。そのため、根管治療しなくてはならず、将来的に割れやすいというデメリットがありますね。
なので、強度という面ではインプラントの方が高いです。
歯の移植を受けられないということはあるのでしょうか?
使われていない歯・ドナー歯がないと受けることができません。
または、移植する歯が大きすぎると、入れたい箇所の骨の幅や高さでは納まらないという場合があり、受けることができません。
それと、親知らず自体が大きいですよね。なので、前歯部から4番目くらいまでは適用ではないです。親知らずは、前から数えて6番目、7番目に適用されます。親知らずが小さい場合ですと、5番目にも適用されることがあります。
内側に向いている歯をドナー歯として使う場合には、もう少し手前に入れることもあるのですが、歯の移植は奥歯の方にしか適していないともいえますね。
大きい歯を削ってしまって移植するということではダメなのでしょうか?
歯の頭の部分を削ることはできるのですが、根っこの部分を削ってしまってはダメなんです。なぜかというと、根っこの周りに付いている歯根膜を剝がしてしまうことになるからです。
この歯根膜が接着剤の役割を果たしてくれるので、残しておかなくてはなりません。歯の移植は、“歯根膜が全て”ともいえるんです。
治療は大きく分けて3パターン!治療の進め方
歯の移植の手術はどのように進められるのですか?
手術の流れは大きく分けて3パターンあります。
1つ目は、歯が最初から失われている状態に入れる場合。他院で抜かれている場合も含めて、自由診療となってしまいます。
2つ目は、まだ歯が残っていて、抜歯してから、すぐに移植を行う場合。
3つ目は、まだ歯が残っていて抜歯をした後、期間をおいてから移植を行う場合です。
2つ目と、3つ目は保険診療で受けられます。少し、ややこしいですよね・・・。
ではどのように治療を行うかといいますと、まず、抜かなければいけない歯を抜いて、1カ月から3カ月ほど経過を見ます。
次に、親知らずなりを抜き、初めに抜いた歯の傷口を開き、そこに穴を掘って入れてあげるんですね。そして、入れた親知らずが動かないよう、隣の歯に器具で固定します。
そこから、1カ月ほどたって器具を外してあげると、歯がだいたいはくっ付いているという流れになります。
ですがその間に、入れ込んだ親知らずの“根の治療”を行う必要があります。なぜなら神経が中で腐ってしまうからです。腐ってしまうと、変な液体や物質を出して炎症を起こしてしまう危険性があるので手術後、2、3週間後には歯の根の治療を行うことになりますね。
①歯を失ってしまったが、使用していない親知らずがある状態
②親知らずを抜歯し、失った歯の部分に穴を掘る
③移植した歯を隣の歯の固定
④固定を外して、移植した歯が揺れることがないか確認
移植した歯はどのくらいもつのか
移植した歯は、ずっと使い続けられるものなのでしょうか?
5年生存率が9割というデータがあり、移植された歯は、比較的よく保たれていると感じています。ですが、10年だと8割に落ちてしまいます。
一度移植してしまえば、ほかの自分の歯と同じようになるのですが、死んでしまっているため虫歯に気づきにくい、割れやすいということが原因かもしれませんね。
治療後に痛みが出てしまうことはあるのか
歯の移植後に、埋め込んだ箇所が痛んでしまうということはあるのでしょうか?
術後の痛みは1週間くらいみていただくと、治まってくるかと思います。
それ以外ですと、固定を外した後で、付き方が悪くて揺れてしまい、噛んだときなどに痛みを感じるということがあります。
原因としては、ドナー歯を抜くときに歯根膜の一部が損傷してしまった、もともと歯周病になっていたなどで、部分的にくっ付かず、歯周ポケットが深くなっているということが考えられます。ですが、全部が付かないということはほとんどないです。
治療期間や費用の目安を解説
歯の移植全体を通してですが、どのくらいの治療期間を目安にしたらいいのでしょうか?
抜歯から移植、歯の固定、そして固定を外して、ある程度噛めるようになるまで、早い人ですと1カ月半くらいでしょうか。
固定を外した後、少し揺れているとなると、痛みを感じていなくても2週間後には来ていただいて、噛み合わせや歯周ポケットを確認します。この時点でまだ揺れているとなると、歯の高さを調節するなどして、また1カ月後に来ていただくことになりますね。
そして、根の治療が続いている場合もあります。すると、被せ物治療をするという方もいるので、2から3カ月はかかりますね。
ですので、状況にもよって変わりますが、3カ月くらいはかかると思います。
症状などによって変わるとは思いますが、費用の目安も教えていただけますか?
保険適用の場合は、歯の移植手術は1万円くらいになります。
そこに根の治療が加わりますが、こちらも保険診療となることが多いです。また、歯の中を埋めるだけで終わったり、金属の被せ物でよかったりするのであれば、さらに費用を抑えられます。
ただし、被せ物を白くしたいとなってしまうと、自由診療となってしまうため約10万円でしょうか。その分、費用の負担は増えてしまいますね。このように素材などによって振れ幅はありますね。
自由診療の場合はこれらの治療を全部含むと約30万円程度となります。
歯の移植は、なぜ広まっていない?
比較的、費用の負担が少ない治療だと感じるのですが、なぜあまり知られていないのでしょうか?
移植できる症例が限られているということもあります。また、親知らずの抜歯や、移植する歯の形に穴を掘るという手術が複雑で難しいということも挙げられますね。
ですが、自身の歯なので違和感もない、費用の負担も少ないので、患者さんにとってメリットは大きいんですね。
なので、失った歯を補う選択肢として、どんどん広がっていくよう私も活動しているんです。大学でコースを組んで指導を行うと、いつも満員になっているんですよ。徐々に歯の移植に知識を深めた歯医者さんが増え、受けられる歯科医院が増えるといいですね。
歯の教科書 編集部まとめ
歯の移植は、自身の歯なので入れたときの違和感が少ない、噛んだときの感覚がほかの補綴物と比べてもよいなど、メリットが多いことが分かりました。また、費用の負担が少ないということもあまり知られていなかった事実です。
しかしながら、親知らずといった歯を使用するため、前歯部分などには適していないということも覚えておかなければいけません。
あまり認知されていない歯の移植ですが、奥歯部分を欠損してしまったときのための選択肢として、覚えておきたい治療方法でした。
東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 口腔再生再建学 教授
1997年3月:東京医科歯科大学歯学部 卒業
2000年2-3月:ドイツFreiburg大学顎顔面外科 留学
2000年3月:東京医科歯科大学大学院歯学研究科博士課程 修了
2000年4月:東京医科歯科大学歯学部附属病院口腔外科 医員
2002年4月:日本学術振興会 特別研究員
2004年8月:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科顎口腔外科学分野 助教
2013年4月:東京医科歯科大学歯学部附属病院口腔外科 講師
2014年6-8月:ドイツFreiburg大学顎顔面外科 留学
2017年4月:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科顎口腔外科学分野 准教授
2019年4月:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科顎顔面外科学分野 准教授
2021年8月:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科口腔再生再建学 教授
現在に至る
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